私的ベストブックス2009

年末ということで、今年出された本で個人的に良かったものを10冊紹介します。


1.ヤーコプ・ブルクハルト『世界史的考察』(ちくま学芸文庫
世界史的考察 (ちくま学芸文庫)
学生時代に大学図書館のボロボロの本で読んだ19世紀の名著ですが、2009年夏に新訳で復刊。さすが筑摩書房! と有隣堂で拍手しそうになりつつ購入しました。古典の新訳での出版が相次いでいるこの頃ですが、本書復刊はその中でも最高に意義あることだと思います。戦争とナショナリズムの渦巻く時代に国家・宗教・文化について根本的な思索を続けた賢人ブルクハルト。歴史に学ぶことを忘れた進歩史観を徹底批判した彼の、公正中立な歴史と人間に対する見方こそ、世界に必要なものだと私は思います。


2.佐伯啓思三浦雅士『資本主義はニヒリズムか』(新書館
資本主義はニヒリズムか
『大航海』という雑誌に掲載された論文をまとめたもの。佐伯先生の本は学生時代からよく読んでいます。本書は資本主義についての思想的考察。経済に対する見方のすべてに理解・賛同することはできないのですが、現代の経済社会における哲学的問いの喪失、意味の喪失という「歴史の危機」への警鐘は非常に重く受け止める必要があると感じています。『大航海』は2009年7月に終刊となったそうですが、佐伯先生の現代世界に対する真摯な論考に今後も期待しています。


3.池田晶子『死とは何か――さて死んだのは誰なのか』(毎日新聞社
死とは何か さて死んだのは誰なのか
2007年に亡くなった池田晶子さんの未発表・書籍未収録原稿を集めて出された三部作の一つで最もおもしろかったもの(他は『私とは何か』『魂とは何か』)。池田さんの本は読み漁っており、永遠の憧れの存在です。本は乱造の印象もあり、既に読んだことがあるような話が多かったものの、一つ一つが自分の糧になっていく、考え続けさせてくれる言葉が一杯。言葉が在るから、池田さんは今もこれからも存在する。私的バイブルと目す所以です。なお過去の書籍の中では大峰顯氏との共著『君自身に還れ――知と信を巡る対話』(本願寺出版社)を特に強くお薦めします。


4.池尾和人・池田信夫『なぜ世界は不況に陥ったのか――集中講義・金融危機と経済学』(日経BP
なぜ世界は不況に陥ったのか 集中講義・金融危機と経済学
サブプライム問題に発した金融危機と世界不況についての全7講の集中講義。アメリカの金融危機の波及という表面的理解ではなく、グローバルインバランスと新興国の台頭を意識し、長期的視点をもって構造改革に取り組むことの必要性が語られています。批判もあるようですが勉強になりました。最近湧き起こった情緒的なリフレ論などではなく、こうした議論をもっと聞きたいと思います。政府の役割について述べた「欠けているのは短期的な景気刺激ではなく、国民を説得できる長期的なビジョンだと思います」という最後の一文が重い。


5.大前研一『衝撃!EUパワー――世界最大「超国家」の誕生』(朝日新聞出版)
衝撃! EUパワー 世界最大「超国家」の誕生
「21世紀は超国家EUの時代になる」と予測する著者の力作。これまでに存在しない「超国家」EUの潜在力と世界に与えるインパクトを幅広く論じています。失業や民族対立などの問題はあるとはいえ、人類史上初の武力によらない版図拡大、ユーロ台頭の裏の財政規律のあり方、個々のアイデンティティを保ちつつ広域の枠組みのもと共通の目標をめざす体制に、世界秩序の新しい形を思わされます。とても興味深い本。ついに初代大統領が誕生したEUについてもっと勉強していきたいと思います。


6.吉田忠則『見えざる隣人――中国人と日本社会』(日本経済新聞出版社
見えざる隣人
新聞連載の単行本化。日本に住む数多くの中国人に取材して記された労作です。今後の日本と世界にとってますます重要な存在となりつつある中国ですが、政府間でしばしば再燃する対立のみならず、一般の日本人の間で中国に対する印象が悪化しているという現状の裏には、その実像が十分に知られていないことがあるようです。この「見えざる隣人」をリアルな隣人として捉え、どう共生共存していくべきかを探っています。さまざまな課題を感じる一方、双方の特に一般の人々の努力次第で必ず日中は良好な関係を築いていけると感じさせられる一冊でした。


7.駒崎弘樹『働き方革命――あなたが今日から日本を変える方法』(ちくま新書
働き方革命―あなたが今日から日本を変える方法 (ちくま新書)
新書なので軽く薄い本ですが、コンパクトな分量の中に幅広く重要なことを語っています。ワーク・ライフ・バランスが叫ばれて久しいものの、その本質を「社会を良くする」ことに明瞭に結び付け、かつ実践的に語った本はなかったのでは。これまでワーク・ライフ・バランス本には特に共鳴しませんでしたが、この『働き方革命』には賛同。これは「会社を回す」ことに追われて「社会を回す」ことを疎かにしてきた日本社会を変えようというメッセージです。経済も社会も回る健全な世の中をめざす一人ひとりの「革命」が広がることを願います。自分も頑張ろう。


8.小林よしのりゴーマニズム宣言SPECIAL 天皇論』(小学館
ゴーマニズム宣言SPECIAL天皇論
偏見を超えて多くの人に読んでほしい一冊。小林氏の本は『戦争論』はじめ幾つも読んでいます。経済に関する議論など賛同できない面も間々ありますが、綿密な取材と一本筋の通った主張にはいつも感銘を受けます。本書も非常に勉強になりました。先日もオバマ米大統領習近平中国副主席との会見が話題になりましたが、日本の歴史や国のあり方を考える上で不可欠の「天皇」について従来あまりに知らないことが多かったと感じます。天皇を中心にした「支配なき自己統治」こそ日本のあり方だとする国家観には唸らされました。


9.こうの史代この世界の片隅に』(双葉社、全3巻)
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス)
今年春に下巻が刊行されて完結した漫画作品。昭和18〜21年の広島を舞台にしたものですが、おそらく多くの戦争・反戦漫画と異なり、ごく平凡な一家庭の日常生活を仔細に描いています。戦争と原爆がもたらしたもの、それをくぐり抜けてきた人々の万感の思いを、最後までユーモアと繊細さを失わない筆によって描く。言葉や絵の表面だけでは描けないものをとても豊かに表現していると思います。『はだしのゲン』と並んで必読の名作でしょう。


10.竹中平蔵『「改革」はどこへ行った?――民主党政権にチャンスはあるか』(東洋経済新報社
「改革」はどこへ行った?―民主党政権にチャンスはあるか―
数日前に紹介しましたが。急拵えとはいえ貴重な本だと思います。上述の小林氏や佐伯先生がしばしば批判している著者、私も全面的に支持するわけではないものの、空気に流される杜撰な政策論議に陥らず、真摯に日本の未来を考える上で、著者の言うPolicy to solveを追求する視点は不可欠。既得権益のパイプを断ち、現政権のもとでさらに悪化しつつある財政を健全化していかなければ、EU新興国の台頭の陰で日本は本当に没落してしまうでしょう。日本を良くすることは絶対に可能だと説く著者の思いを受け、私たちもPolicy to solveを求めていかなくてはならないと思います。


以上。主にいわゆるビジネス書の編集をしている割にその分野の本が少ないのは、別に他意はなく、率直に感銘を受けた本、価値の高い本と感じたものを挙げていくとこうなりました。なお自社本はそもそも除外。良い仕事をしている同業者がいることを知るとこちらも意欲が増します。

今年も本当に多くの方に多々お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。