星になったチロ

天体写真家・藤井旭さんの著書『星になったチロ』を最初に読んだのは小学校5年生の頃だった。チロは白河天体観測所という、藤井さんたちがつくった天文台天文台長をつとめた北海道犬だ。犬の天文台長。実際とても星が好きで、賢い犬だったようだ。

星になったチロ―イヌの天文台長 (私の生き方文庫)

本書は藤井さんが夜空に憧れ始めた少年時代から語り起こされ、「みちのくの赤い山並み」に惹かれて東北に移住し、チロと出会い、観測所をつくり、チロと星仲間とともに夜空を眺めて過ごした12年間の軌跡がつづられている。子供のころ何度読み返した分からないほど愛読した。このたび古本で見つけてふと買った。ほとんど覚えていたからやはり子供のころ何度も読んだものは定着が良い。

私の地元はかなりの田舎で、今でこそ近くに道路が通って街灯ができたため灯りがあるが、子供のころは夜になれば漆黒の暗闇に包まれる環境だった。だから星が満天に見えた。ある冬の日にオリオン座の形の見事さに惹かれたのが星との自覚的な出会いだ。多趣味の祖母から譲り受けた口径5センチの望遠鏡で星を眺め、図書館で星関係の本を借りて読み漁った、その中に藤井さんの本もあった。

オリオン座の三ツ星に魅せられたこと、空ばかり眺めて過ごしたこと、等々、そこに記された藤井さんの少年時代はそのまま自分に重なって思えた。のみならずチロ、この白い犬はうちで飼っていたダイスケにそっくりだった。やがてお年玉をためて口径12センチの望遠鏡を手に入れて、惑星や星雲・星団を毎晩のように眺めて喜んでいたとき、傍らにはいつもダイスケがいた。

チロと星仲間たちの物語は、星を見ることの楽しさを教えてくれた。大の大人が、毎晩毎晩、天気や大気の状態に一喜一憂しながら、望遠鏡で空を眺め、写真を撮ったりスケッチしたり(私も豆電球に赤いセロハンを被せた光を頼りに、木星の縞模様とかM45の雲とかを描いていた)、何ら生産的でない活動に夜を徹して取り組む。そして迎える夜明けの白々とした空。夜露。朝霧。すがすがしい疲労感。その何とも言えない味わい。――そういういろいろを私はチロたちの後を追うように体験し、睡眠不足で学校で居眠りばかりしていた。

高校時代に、仲の良かった教師に顧問を頼み、オタクっぽい友人と、田舎ならではの純朴な友人たちと、星空が似合いそうな女子たちを集めて「天文研究会」をつくった。夏休みに学校の施設を使って観測会をした。深夜にコーヒーを飲みながら流星群を眺めたのを思い出す。大人になった今、あの友人たちとビールを飲みながら流星群を眺められたら、楽しいだろう。

田舎を出て、福岡、東京、と移り住んできたなかで星空はどんどん薄れてしまい、日ごろ眺めることもなくなってしまった。望遠鏡は実家に置き放し。それでも時折、大抵は仕事で遅くなった日の帰り道、ふと見上げた空にある星が何なのかを考える。あれは、ベガだね。あ、もうペガサス座が見える季節か。季節感の薄れた現代的生活の中でも、天体だけは時節を外れない。人間がいかに迷っても、動いても、止まっても、星々だけは規則正しく回り続ける。

明日は日蝕がある。同僚のK君はわざわざ南の島に出かけて行った。たいした根拠はないが、これを機に天文ファンが増えれば、世の中が少し良くなりそうな気がする。