ノーザンライツ

アラスカの大自然に魅せられた写真家、星野道夫。写真家だけどその文章も素晴らしい。本書『ノーザンライツ』は星野がロシアでの取材中にヒグマに襲われて亡くなった後に発行された、アラスカの自然とそこに生きる人々の姿をつづった遺作。

ノーザンライツ (新潮文庫)

お話は20世紀初頭、アラスカがまだその現地の人々以外にはほとんど知られていなかった時代から始まる。飛行機がまだまだ黎明期にあった第一次大戦後のアメリカ。ごく普通の貧しい家に育ったシリアとジニーという二人の若い女性が、空に憧れてパイロットの資格を得て、第二次大戦後、ふとしたきっかけで得た仕事でアラスカへ飛んだ。そこからアラスカの歴史は大きく変わる。

アラスカでの核実験計画とそれに対する反対運動、国立公園化や経済発展とそれに伴う住民生活の変化。その渦中で地元リーダーとして活躍するシリアとジニー。白人文化の流入とそれに乗る人、取り残される人、留まろうとする人それぞれの生き様が、実に生き生きと、しかし抑制の利いた文章と写真で描かれている。書き手の人柄が滲み出てくるような文章。

大規模な原油が眠っていることが知られて以来、アラスカをめぐって、その野生の原野を手つかずのまま残すか、経済政策の中に組み込むか、激しい論争が行われてきた。その過程で現地の人々がまとまり、大集会を開いて語り合う姿を星野は透明な、かつ温かい目で眺めている。

長い目で見れば、人々が今抱えている問題も、次の時代へたどり着くための、通過しなければならない嵐のような気もしてくる。一人の人間の一生が、まっすぐなレールの上をゴールを目指して走るものではないように、人間という種の旅もまた、さまざまな嵐に出会い、風向きを見ながら、手さぐりで進む、ゴールの見えない航海のようなものではないだろうか。

星野がその文章と写真で表現してくれているのは、人間にとって何かの対象としての自然ではなく、人間そのものを包含する自然であり、そういう存在としての生き方だ。自然によって生かされるがゆえに自律的な生を生きられる人間の姿はどこまでも美しい。なかなか巡り合えない良書。