同僚退社


さよなら、さよなら!
   いろいろお世話になりました
   いろいろお世話になりましたねえ
   いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
   こんなに良いお天気の日に
   お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い
   こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
   僕、午睡の夢から覚めてみると
   みなさん家を空けておいでだつた
   あの時を妙に思い出します

さよなら、さよなら!
   そして明日の今頃は
   長の年月見馴れてる
   故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
   あなたはそんなにパラソルを振る
   僕にはあんまり眩しいのです
   あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!

              ――中原中也「別離」より

同僚が一人、今月末、つまり今日づけで退職しました。
会社にとっては「最初の社員」で、若いけど最もベテラン、
いろいろな意味で、重要な役割を担ってきた人です。

その仲間がやめるのだから、これはまあ一大事ですし、
もちろん前々から分かっていたこと、にもかかわらず、
不思議なもので、いざその時を迎えるまでは、人間、
なかなか準備ができないもののようです。
実際、彼女も机の片づけを今日の夜までしておりました。

いろいろお世話になりました
いろいろお世話になりましたねえ
いろいろお世話になりました

新たな道に踏み出すわけで、本来おめでたいことですから。
しかも時代は二十一世紀、携帯電話もメールもあります。
なにも、悲しくありませんなあ。実感が、わかない気がします。
もうちょっと悲しそうにしたほうがいいのかね。や、無理ですね。

それもそのはず、なぜなら我々みんな、
会社人としてのみ生きるわけではないのだから。
会社人として以上に、人間として関わってきましたから。
そういう職場です。そういう仕事です。だから最後の別れ際、

「会社をやめるだけだからね」

言ってみて、これがいちばん、実感ともなう言葉のようで、
お互いなんだか納得顔で手を振ったのでした。感謝。