『小説 上杉鷹山』

お世話になっている西水さんに、童門冬二氏の著書『小説 上杉鷹山』をおすすめされた。その翌日、ふと立ち寄った書店の文庫本の棚の一隅に、まさにその本があった。

全一冊 小説 上杉鷹山 (集英社文庫)

他の本より5冊分ほど高く積まれていて、しかも斜めに傾いていて、「ここにあるぞ」と告げているかのようだ。店員さんが棚の整理の途中でどこかに行ってしまっていたのだろうけど。

遠い異国にいる我が師に「読みなさい」と言われた気がして即購入。読み始めたらおもしろくて、夜から午前2時までかけて680ページ一気に読んでしまった。

上杉鷹山のことはもちろん概略知ってはいたが、詳しい伝記を読むのは初めて。米沢藩の藩政改革を行った名君として有名だ。

当時、全国でも最悪の財政難に陥っていた米沢藩。鷹山はわずか17歳で藩主となり、しかも他家からの養子(九州は日向の出身)という立場で、藩政改革に挑む。当然のように年配の家老たちはじめ既得権益層が「抵抗勢力」となり、あの手この手で改革を潰そうとする。

が、鷹山は賢い。少人数の特命チームで改革案を練り、江戸で実験してから本国に導入する。情報をどんどん公開し、それまで藩政と無縁だった足軽など下級武士の支持をとりつけて改革の推進力を得た。抵抗勢力を突破するこの手腕は、現代の改革派首長の行動にも通じるものがある。時代は変われど改革を阻む構造はよく似ているということだろう。

ともかく、そうして見事に改革を成し遂げる(といっても一筋縄ではないし、目に見える成果が表れたのは鷹山が退任してから後のことのようだが)わけだが、本書で特に心に残った一節は、その成果が見えてきてから側近が語った以下のセリフだ。

「潰れかかった米沢藩を、あなたはりっぱに立て直されました。しかし、財政を再建したというだけなら、私は何もここへお連れはいたしません。あなたは、潰れかかった藩を再建しただけでなく、人の心を甦らせたのです。・・・あなたのいちばんのご改革は、人間をこのように変えたことです。人の心に、信じあう心を甦らせたことです。それは、何よりもあなたが米沢の人間を信じたからです」

これは作家の見識だと思うが、おそらく本当にそうだったのだろう。稀代の改革者の手腕と姿勢を活写した本書、世にあふれるビジネス書の大半よりもずっと示唆深いし己の糧になるに違いない。ビジネス人こそこういうものを読むべきだ、と思う。