アーツ・アンド・クラフツ

本の装丁についてベテラン編集者と話していて、アーツ・アンド・クラフツ運動(Arts and Crafts Movement)の話題が出てきました。19世紀末〜20世紀初頭にかけて生じた、生活と芸術の融合をめざすムーブメントです。産業革命以後、近代工業社会のもとで大量生産が広がる中、かつての手工業、職人技の持つ魅力に再び光をあて、それをインテリアや家具などに活かして生活に取り込む、というのがその要諦と言えるでしょう。量より質、そして質を嗜好品でなく日常の中に取り入れる。

このムーブメントの中心人物として知られているのがウィリアム・モリス。イギリスの詩人兼デザイナー、社会主義に傾倒した運動家でもあった人で、モリス商会を設立して中世的な家具、ステンドグラスなどを作った。多彩な才能をもった人物。モリスはいくつも本を書いていますが、その本の装丁を自分でデザインしたという。全体性を意識してものづくりに取り組んだその姿勢、学ぶところがあると感じています。

モリスとほぼ同時代の日本。東京帝国大学を卒業する際、卒業論文として「ウイリアム・モリス研究」を書いたのが天才作家・芥川龍之介でした。芥川は私が最も好きな作家なのですが、彼の作品には、たしかにアーツ・アンド・クラフツ的な雰囲気が漂っています。世界の壮大なテーマ、大仰な話題を、日常の些細な出来事や素材によって根底から覆す。人生観や世界観を、磨き上げられた短編の中に、ときには一行に、凝縮してみせる。その鮮やかな手腕は古今東西並ぶ者がないのでは、と思うほど。

「なべて人の世の尊さは、何ものにも換え難い、刹那の感動に極まるものじゃ。暗夜の海にも譬えようず煩悩心の空に一波をあげて、未だ出でぬ月の光を水沫の中に捕えてこそ、生きて甲斐ある命とも申そうず。」(『奉教人の死』)

一瞬の感動にすべてを託す芥川文学の詩的傾向は、彼が詩や短歌や俳句を数多く残している点にも顕れているように思います。

「元日や手を洗ひたる夕ごころ」
「お降りや竹深ぶかと町のそら」
「湯上がりの庭下駄軽し夏の月」
蝶の舌ゼンマイに似る暑さかな」
「青蛙おのれもペンキ塗りたてか」
「木枯らしや東京の日のありどころ」

芥川もまた、自分の本の装丁にこだわった。最初の短篇集『羅生門』は彼自身がデザインしましたし、弟子の堀辰雄に『地獄変』の装丁を頼んだり、いろいろと自分好みに仕立てています。当時は華美な本が多かったようですが、芥川はシンプルで美しい装丁が好きだったようで、その辺にもスモール・イズ・ビューティフルな芥川の趣味が顕れています。

改めて「量から質」への転換が志向され、デザインの重要性が多分野で叫ばれている今日、100年前のアーツ・アンド・クラフツや芥川文学の魅力は、再び注目されるに値するのではないかと感じています。