英国出張(2)ロンドンブックフェア

スコールフォーラム後、土日は移動と観光に使って翌週19〜21日、ロンドン市内アールズコートで開かれたロンドンブックフェアに参加しました。

出版業界では毎年4月にロンドン、5〜6月にアメリカ(ニューヨークなど)、10月にフランクフルトで大規模なブックフェアが開催され、世界中の出版社や版権エージェンシーの人が集まって情報交換や版権の取引交渉などを行います。近年は9月の北京ブックフェアも存在感を増しつつあります。日本でも7月に東京国際ブックフェアというのがあります。


(ブックフェア会場。毎年同じ光景)
 
 
●火山噴火で静かなブックフェア

アイスランドの火山噴火により空港が閉鎖され、合流するはずだった新人のY君は参加中止。楽しみにしていたブックフェア初参加が流れてしまい気の毒でした。私は準備を彼に任せて資料など託していたので困りましたが、もっと困っていたのは他の出版社で、日本の出版社は大半が参加を取りやめ。事前にミーティングを予定していた海外の版元も7割が参加中止となり、当日飛び込みでミーティングをして回るという展開になりました。

会う予定だった米国Watersideの陽気なニールが初日の夜に「誠に遺憾ながらロンドンに行けなくなった」と参加中止のメールを送ってきたので、私は来ていて静かなブックフェアを楽しんでいると返信したら、「すばらしい幸運だ! ロンドンの美しい街並みと静かなブックフェア、これ以上のものはない。最高にうらやましいよ。ぜひ観光もするように。どうせしばらくは帰れないんだろう?」 ミーティングで会った人の2人に1人が最初にする質問は「どうやってここに来たの?」

そんな調子で、あちこちで火山灰の話が出ました。私の帰りのチケットは23日発だったので、それまでには復旧するだろうと高をくくっていましたが、スコールフォーラムの参加者には足止めされた人が大勢いて、なかにはスペインやモロッコまで南下したりフェリーで脱出したりした人もいた模様。それでもこの機会を活かそうと急ごしらえの会合が開かれ、スコールフォーラムのおまけだと言って楽しんでいる人もいました。私もKivaのパーティーに参加しました。

ブックフェアへの参加者は例年の3分の1以下だと聞きましたが、多くのミーティングが中止となったぶん来ている人は時間を持て余していて、行けば大抵話ができるし説明もいつになく丁寧にしてくれる、という意味では利点もありました。得難い機会だったとも言えます。結果的に、数で見れば例年と大差ない数の権利者とミーティングをすることができました。興味深い新刊情報が多々ありますが細かいことは業務上秘匿。ビジネス書での傾向を挙げると、やはり新たな資本主義経済のあり方とか新興国市場を深堀した本、ソーシャルメディアの活用法についての本、などが目につきました。


(かつてなく閑散としたブックフェア会場。まあ、朝早く撮ったものですが)
 
 
電子書籍への対応

ブックフェア会場では同時に幾つものセミナーが開催されています。今回は時間的に余裕があったためもあり、幾つか参加しました。昨今の潮流を見れば自然ですが電子書籍、e-booksをテーマにしたものが多く、なかなか興味深いものもありました。

電子書籍についての出版界の議論では当然ながら収益化の道筋が中心命題となり、特に小規模な出版社においては技術的課題やワークフローの設計などについて多くの課題が指摘されます。需要については既に山ほど議論がありますが、供給側の対応はまだまだという実状。弊社としては、そもそも書籍や読書とは何なのか、それはどんな意味を持っているのか、また今後持ちうるのか、という原論的な視点に立って対応していきたいと考えています。

"Reading is becoming a social act." これはDigital Library FederationのPeter Brantleyの言葉です。読書という行為はソーシャルアクションになりつつある。ここから出版社にはコミュニティビルダーとしての役割が求められるという議論が出てきます。それは単に読者を「囲い込む」という視点のものではなく、ネットワーキングとオープンソース、オープンイノベーションの視点をもって社会の動きを創発していくような類のものではないかと考えています。

セミナーの中では、アカデミアのニーズについて述べた図書館の人の話や、xml-firstのワークフローについてのTaylor & Francisの人の話、DRM(Digital Rights Management)の課題に関する話などを特におもしろく聞きました。電子書籍の販売についてホールセールとリテールに分けて語られたりしている点も興味深かったです。いろいろな可能性を感じる電子書籍、自社でも研究を深めていきたいと思います。
 
 
●火山灰効果

最終日には飛行機が飛び始めたものの、やはり滞在日程が延びた人や帰路を懸念している人が大勢いて、同じ境遇ということで妙な連帯感も生まれる、という副産物的な効果も感じたブックフェアでした。

初日の夜は敏腕版権エージェントのTさんのご紹介で各国版元の人々が集まった夕食会に飛び入り参加させていただきましたが、そこでも火山の話題で盛り上がりました。「2年間飛ばない」などという奇説も飛び交っていたので、「ここで就職活動をしなければならん」と言っていた人も。観光の時間をたっぷり取れそうだからおすすめの場所を教えてと頼むと、テムズ川沿いのバーに行けとかアビーロードに行くようにとか言われました。


(各国版元の人との飲み会。帰り際で皆酔ってる。最初に撮ればよかった)

幸い復旧したので予定通りに帰国できたのですが、一日をロンドン観光にあて、念願のベーカー街221B、シャーロックホームズ記念館に行ってきました。3年前に来たときは折悪く休館で入れなかったので。今回ようやく中に入り、ホームズが過ごした部屋や(もちろん架空の人物なんだけれども)、ホームズがワトソン君に書いた手紙や、ホームズ作品の名場面を再現したマネキンの置物などを眺めてきました。『ボヘミアの醜聞』のアイリーン・アドラーの表情や『まだらの紐』のグロテスクな様など、なかなかリアルでした。これは重要なトピックなので別途改めて書こうと思います。
 
 
●最後の教訓

いろんな意味で幸運続きだった出張ですが、帰国の2日前になんと地下鉄でスリに遭いました。間抜けな話で書きたくないのですが、まあ教訓をシェアするということで。ピカデリー線の満員電車で、気がつくと上着の内ポケットに入れていた財布がなくなっていました。こんな時どういう反応になるかは人によると思いますが、私はなぜか自分が編集した『ジェフ・イメルト』という本の中にあったジャック・ウェルチのセリフ、「とんだ大失態だ」という言葉を真っ先に思い出しました。

「とんだ大失態だ」とつぶやきながらホームズとは似ても似つかぬ駅員に「財布をなくした。見かけたら連絡をくれ」とほとんど意味のないお願いをしてホテルに戻り、日本に電話してカードを止め、アガさんというホテルの受付嬢に苦境を話して同情を買いつつ(もはや同情しか買えない)、宿泊費は予約時に支払ってるよね、と言うと「いいえ」と。

カードどころか現金もなく、銀行の人にも打つ手なしと言われて困りましたが、電話で本人確認をしてクレジットカードのキャッシングを代行してもらい、それをWestern Unionで送金してもらう、という処理で切り抜けました。海外送金サービスの大切さを痛感しつつ、財布は分けておきましょう、という教訓を得た出来事でした。

そんなわけで、いろいろありましたが予定通りに帰国。海を渡ってきたお金で会社へのお土産として英国の紅茶とチョコレートの詰め合わせと、最後に得た教訓を忘れぬようクマのポリスを買いました。先月までいた外国人社員にちなんでデビッドと名づけられた警官は、弊社の番人としてオフィスの入り口に配属となりました。見かけた際はよろしくお願いします。


(デビッド。エレベーターを出てすぐの所にいます)