勝間和代氏のデフレ対策論について

経済評論家の勝間和代氏が菅直人副総理に会って経済政策を論じたというニュースを見ました。デフレ脱却策を提言した、とのこと。何かと注目を集めるこの人がどういう施策を提言したのか興味を持ったのですが、「紙幣をたくさん刷って、借金にして政府がばらまく。国債発行は悪くない。実際は投資であり、将来の税収なり投資した資産で賄えばいい」といった主張をされたそうで、驚きました。(MSN産経ニュースより)

金融政策と財政政策を混同されているような話であることはともかく、勝間氏は更なる国債増発を問題視していないようです。が、ここ十数年の経緯を見るかぎり財政政策に期待しすぎのように思えます。財政による下支えは今後もしばらく必要でしょうが、節操のない財政拡大が臨界点を超えれば悪夢のシナリオとなります。現状まだ銀行は国債を買うでしょうから最近の金利上昇を過度に危険視するべきではないと思いますが、ほどほどにしなければ。

問題は勝間氏が述べたという「金融緩和策の断行」、日銀がもっと紙幣を刷れという話。とにかく日銀がもっと紙幣を刷ればいい、という乱暴な議論は従来からしばしば目にしますが、そんな単純な話が事実なら既にデフレは克服されているでしょう。実際には日銀が買いオペ等を通じてマネタリーベースを増やしても、それに単純に呼応してマネーサプライが伸びるわけではない。つまり貸出が伸びて市中に回るお金が増えるとは限らない。

教科書的には、日銀による金融緩和は銀行貸出を通じてマネーサプライ増加に寄与しますが、ここ十数年、この連動性は低くなっています。資金需要が弱いから。端的に言えば、実際に日銀はお金を一杯出しているが使い手が少ないから十分に回っていない。銀行は余剰資金を国債運用等に回しています。また、銀行が買いオペに応じて保有国債を売り、得た資金の運用に困って非金融部門から国債を買えば市中にお金が流れますが、非金融部門が保有する国債残高は高が知れており大した効果はないようです。民間に回らないとなれば、単に財政政策を実質的に日銀がファイナンスしているだけの話になります。

ちなみに、この辺の金融政策の議論はずいぶん昔に日銀批判の急先鋒と言われる岩田規久男教授と日銀の翁邦雄さんの間で「マネーサプライ論争」なるものがあり、現実によって論証された話と私は理解しています(岩田教授はいまだに同じような議論をしていますが)。現実の資金需要の動向を踏まえず教科書的理論に固執しても意味のある解決策には至らないでしょうし、上記の勝間氏がしたような乱暴な議論は悪影響しか生まないのではないかと思います。

もっとも、勝間氏はプレゼンテーション資料では「技術的な方法は日銀に任せた方が良い」と記しており、上記の国債大量増発論は勢いで出たものかもしれませんが、そうだとしても。私も詳しいわけではないですが、慎重な議論が必要だと思います。また提言には政策目標の話もありますが、日銀は既にこれを実質的に(物価上昇率の目安として)持っていると言えるでしょう。

なお日銀による国債引き受けは財政法5条で禁じられています。これは見境のない財政拡大を防ぐため。かつて世界恐慌に際して高橋是清蔵相は日銀による国債引き受けケインズ政策を通じて景気回復に成功しました。とだけ言うと正しかったように見えますが、このときの資金供給は軍事費の著しい増加を伴うもの。軍需産業という公共事業で景気回復させたわけです。軍部の台頭は進み、後に軍事費削減に動いた高橋は226事件で暗殺される。そして大戦があり、戦後日本はハイパーインフレに苦しむことになりました(このインフレの原因は物資窮乏など諸々ありますが)。経済学者の高橋亀吉はこれに関して、

「軍事費の著増が、(経済再建および社会投資目的の)本来のリフレーション政策の代役をやったことは、後日の大戦突入という日本の悲劇の発足点ともなった。というのはこのことが軍部をして、巨額の軍事費公債の発行がインフレ的物価騰貴とならず、むしろリフレーション効果を無限に発しうるがごとく錯覚させ、他日の無軌道な軍事公債発行に走らす重大因子となったからである」(Wikipediaより。『私の実践経済学』からの引用らしい)

と述べたとのこと。国債増発の効果が過度に評価ないし錯覚されれば、それは無軌道な財政拡大を生み、後に大きな代償をもたらすことになる。歴史はそう教えているようです。

デフレが不況を加速させる、デフレ脱却が重要課題だという勝間氏の認識はわかりますし、雇用問題等について国を憂う思いもわかります。が、いま経済政策として必要なのは、ただもっと紙幣を刷ればいいというような発想ではなく、成長戦略と魅力的な産業の創出、セーフティネット整備による将来不安の緩和と需要の喚起でしょう。また民間企業が続けている地道な経営改善努力、そして官業の無駄を除いて教育など未来のための投資に資金を向けることでしょう。

いずれも容易ではないと思いますが、他方で社会にはまだまだ多くの問題があり、その解決を求めるニーズも多々あるはず。なお「官による公」がカバーできていない領域を「民による公」で支えていく、いわゆるソーシャルビジネスの意義の一つはここにもあると考えています。